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硤合先生のノーベル化学賞受賞と、生命を形づくる「キラリティー」

3 日前
読了時間: 5分

昨日の夕方、本学の硤合憲三名誉教授が2026年のノーベル化学賞受賞が発表されました。


今年のノーベル化学賞は、Henri B. Kagan博士と硤合憲三先生に、「不斉有機合成における非線形効果と自己触媒作用の発見」に対して授与されました。まずは硤合先生の長年にわたる研究に心より敬意を表したいと思います。


また、このような研究成果は一人の研究者だけで生まれるものではありません。長年研究に携わった共同研究者や学生の皆さん、それを支えてきた教職員の皆さんなど、多くの方々の積み重ねがあってこその成果だと思います。

学部もキャンパスも異なり、私は硤合先生と研究分野が直接重なっているわけではありません。それでも、同じ東京理科大学で研究・教育に携わる教員として、今回の受賞は率直にとてもうれしいニュースでした。


そして個人的に興味深かったのは、ノーベル化学賞が発表されたまさに昨日、3年生の「構造情報生物学」の講義で立体化学を取り上げていたことです。











昨日の講義では、「構造生物学と立体化学」から始め、キラル分子、エナンチオマー(鏡像異性体)、光学活性、絶対配置、そしてタンパク質による立体異性体の認識へと話を進めました。


右手と左手のような分子

「キラル」とは、ある物体や分子を鏡に映したとき、その鏡像と元の構造をどう回転させても重ね合わせることができない性質を指します。

私たちの右手と左手が典型的な例です。

分子にも同じような「右手型」と「左手型」が存在し、この一対をエナンチオマーと呼びます。講義では、リモネンを例として、互いに鏡像関係にある分子では、多くの物理的性質が同じでも、偏光に対する性質や生物活性が異なる場合があることを説明しました。










(出典:いきなりはじめる構造生物学、神田大輔著 秀潤社)


この「分子の左右」をどのように一方へ偏らせるかという問題が、今回のノーベル化学賞とも直結しています。

硤合先生が発見された不斉自己触媒反応では、生成したキラルな分子自身が触媒として働き、同じ向きの分子がさらに生成されます。ごくわずかな左右の偏りが反応を繰り返す中で増幅されていくことが、この研究の大きな特徴です。今回のノーベル賞は、Kagan博士による非線形効果と、硤合先生による不斉自己触媒作用を評価したものです。

これは有機合成化学の重要な成果であるだけでなく、なぜ生命は片方の鏡像分子を選んでいるのかという、生命の起源にもつながる非常に根源的な問題と関係しています。


構造生物学でも「左右」は重要

この点は、私が担当している構造生物学にも直結します。

タンパク質は基本的にL-アミノ酸から作られています。そのため、タンパク質そのものが巨大なキラル分子です。

したがってタンパク質は、鏡像関係にある二つの分子を同じものとして扱うわけではありません。酵素や受容体は、基質や薬剤の立体配置を非常に厳密に認識します。講義でも、「タンパク質はL-アミノ酸からなるキラルな分子であり、基質や阻害剤のエナンチオマーを区別して認識する」と説明しました。

具体例として扱ったのが、スレオニンとアロスレオニンです。









(出典:いきなりはじめる構造生物学、神田大輔著 秀潤社)


両者は原子の種類も結合関係も非常によく似ています。しかし立体配置が異なるため、タンパク質の活性部位に置いたときの原子の位置関係が変わります。その結果、糖鎖付加反応ではスレオニンは基質になっても、アロスレオニンは基質になりません。

つまり、

生体分子では、「何の原子がつながっているか」だけでなく、「その原子が三次元空間のどこにあるか」が機能を決めます。

これはまさに構造生物学の基本的な考え方です。


DNAにも立体化学がある

昨日の講義では、さらにタンパク質から核酸へと話を進めました。

DNAやRNAにも立体化学があります。

RNAではriboseの2′-OHの影響などからC3′-endo型の糖のpuckeringが好まれ、A型構造を取りやすいのに対し、B型DNAではC2′-endo型がよく見られます。













(出典:いきなりはじめる構造生物学、神田大輔著 秀潤社)


さらに二重鎖DNAにもA-DNA、B-DNA、Z-DNAといった異なる立体構造があります。

講義後半の演習では、学生自身がPyMOLを使ってB型DNAの結晶構造を表示し、さらにA-DNAやZ-DNA、ヌクレオソームの構造へと進みました。































(出典:レーニンジャーの新生化学第6版、Nelson, Cox著 廣川書店)


最終的には、ヒストンとDNAの相互作用や分子表面の静電ポテンシャルまで可視化し、「立体構造が分子認識をどのように生み出しているのか」を実際の構造から考えてもらっています。












「分子の形」を考えること

昨日の講義を準備した時点では、もちろん数時間後に硤合先生のノーベル化学賞受賞が発表されるとは知りませんでした。

午前から午後にかけて学生たちに、

「鏡像の分子は同じなのか」「なぜタンパク質は片方の立体異性体だけを認識できるのか」「分子の三次元的な形は、生物機能にどのような意味を持つのか」

という話をしたその日の夕方に、まさに分子のキラリティーをめぐる研究がノーベル化学賞として評価されたことには、不思議な巡り合わせを感じました。

有機合成化学と構造生物学は、一見すると異なる研究分野です。

しかし根底にあるのは、

分子は単なる化学式ではなく、三次元の「形」を持っている。そして、その形の違いが化学反応や生命現象を決める。

という共通した考え方です。


今回のノーベル化学賞は、そのことを改めて考える非常によい機会になりました。

学生の皆さんにも、授業で扱っている「キラリティー」や「立体構造」が教科書の中だけの話ではなく、現在進行形の科学、そして世界的な研究成果につながっていることを感じてもらえればと思います。


硤合先生、このたびはノーベル化学賞受賞、誠におめでとうございます。

 
 
 

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Tokyo University of Science

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